こんにちは〜かずです。

私の青春のアーティスト小室哲哉さんが、引退会見を行いました。

その会見の中で、奥様のKEIKOさんが「高次脳機能障害」であること。

2011年にくも膜下出血で倒れ、現在療養中のKEIKOさんの症状が現在どんな状態であるか。

いろいろなことが語られました。

 

例に漏れず、うちの旦那も「高次脳機能障害」です。

ただし、KEIKOさんの症状とは全く違います。

うちの旦那は「失語症」

この記事は「高次脳機能障害」がどんなものであるか。

旦那の「失語症」がわかってから4年半、どんな経過だったのかを綴る記事です。

同じような症状を持つご本人、そしてご家族の方の参考になればと思います。

高次脳機能障害とは

「高次脳機能障害」という用語は、学術用語としては、脳損傷に起因する認知障害全般を指し、 この中にはいわゆる巣症状としての失語・失行・失認のほか記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが含まれる。

高次脳機能障害情報・支援センターのページより

 

いぁ、ちょっと難しいので・・・かず的にざっくり言えば、

 

事故や、病気で脳がダメージを受けると、今までの普通にできてたことが、できなくなる。

新しいことを、覚えられない→同じ質問を繰り返す。過去の記憶がほとんどない。などの「記憶障害」

ミスが多くなったり、同時に二つ以上のことを行うと混乱する。などの「注意障害」

自分で計画を立てられない→約束の時間に間に合わない。などの「遂行機能障害」

感情を抑えられない、自己中心的になる→固執する。などの「社会的行動障害」

そして、うちの旦那は、言葉は頭に浮かんでるんだけど、声として出てこない。

もしくは違う言葉になってしまうなどの症状である「失語症」

旦那が倒れた直後から、1ヶ月後までの失語の症状

倒れた直後から1ヶ月後までは、リハビリの先生に習って、

言葉をおうむ返しのように繰り返すことや、

今日は、何月何日何曜日?

など、促されて言葉を発することしかできなかった。

 

幸いにも、こちらから話しかける言葉は

”ゆっくり話せば”ほぼ理解してくれた。

 

私が覚えている中で、自発的に言葉を発したことは数えるぐらい。

「寒い」
「えっと」
「あの」
「ちが(違う)」

この四つの言葉ぐらいですな。話せたのは。

 

あとは私からの質問に、

yes「うん」

no「ううん」 か

で答えることはできた。

 

問題なのは、この返事が98%ぐらいの確率で、正反対だったことだ。

 

私が「今、寒い?」と質問する。

旦那が「ううん(no)」と返事する。

が、本当は旦那は寒い(yes)のだ!

だから、すぐに旦那は「ちが(違う)」と言って、訂正する。

 

私の質問の98%は「ちが(違う)」があったなぁ。

 

どうでもいいけど、98%というのがミソで、

まれにyesとnoの返事が合っていることがあるから、気を抜けなかったw

 

他に、早口だと脳が処理できなくて、

家族や友人がお見舞いに来てくれても

会話に追いつけなくなることはあった。

 

その場合は、話すスピードを遅くしたり、

難しい単語は簡単な言葉に言い直すなどしたら、

理解はしてくれた。

 

ただ旦那は、最初の病院のことはほとんど覚えていないそうだ。

むしろ私の方が、先生の名前や看護師さんや、事件などよく覚えているw

転院した発症1ヶ月後から、6ヶ月後に退院するまで

転院してしばらくすると、

旦那の意識も最初の1ヶ月よりははっきりしてきた。

 

倒れてすぐより表情が豊かになったし、

先生の話も以前よりは理解してるという表情になった。

 

相変わらず言葉は出てこないが、

表情が豊かになったことで、

どんな言葉を頭の中に描いているんだろうと想像することはできた。

 

この時期から、自分に一つだけ課したことがある。

それは「話そうとする旦那の言葉を決して遮らないこと」

 

話せないことの悔しさをかみしめているのは、

まぎれもない本人自身である。

 

その本人が少しでも話そうと努力しているところに、

水を差す行為だけはしたくなかった。

 

旦那が話を始めたら、

言葉に詰まっても、

次の言葉が出てくるまで、

何十秒でも、

何分でも待った。

 

ぶっちゃけ、旦那が何を言いたいのか理解するまで病室を離れなかった。

(おかげで仕事に間に合わなくなりそうになったこともあったw)

 

そして、言葉が出てこないことを、

私以外の人に伝えられるように、

自分から”言葉が出てこない”と

身振り手振りで意思表示をするのようになったのも、

この頃からだ。

 

話し始めても、何分経ってもどうしても言葉が出てこないことがある。

というか、ほとんど言葉は出てこないのだ。

「あの」「えっと」「だから」のオンパレード。

 

この時、私はひたすら耐えている。

旦那が何を言いたいか、わかっていても、

あえて次の言葉が出てくるまで

ひたすら耐える。

 

絶対に、本人から「言葉が出てこない」と

身振り手振りなどで合図がない限り、

絶対に待つ!耐える!なんとしても!(笑。

 

今は病院の中だから、自分の状態(失語)をわかってくれる他の患者さんや、先生ばかり。

でも退院したら、旦那を気遣ってくれる人もいるかもしれないが、いないかもしれない。

 

だから、自分から話せないことを意思表示できるように、

旦那が言葉に詰まっても、本人の口から「(言葉が)出てこない」という言葉を発するまで、

私は口を開かなかったし、挟まなかった。

 

他に、「ありがとう」だけは、強制的に言わせてた。

私「洗濯してたよ〜」

旦那「うん」(笑顔いっぱい)

私「こうゆうとき、なんて言うの?」

旦那「えっと、あの、その、ありがとう」

私「いえいえ〜どういたしまして〜」

といった感じ。

 

これから、いろんな人に助けられて生きていくんだから、

せめてお礼が言えるようになればいいなぁと。

この時点で「ありがとう」という言葉さえ、

一生懸命考えて、頭でひねり出して、やっと出てくるぐらい。

だから、

なるべく自然に言葉として発せられるように、

私から仕向けていこう。と。

 

今思えば、なんて上から目線の考えなんだw

この記事旦那が読んだら、怒りそうw

 

余談ですが、

私からの質問に、yes「うん」かno「ううん」かで答えることが、

98%ぐらいの確率で正反対だった半年前。

退院するころには、

この確率が50%になったから、

余計にややこしかったw

 

 

退院してから

退院してから、今の今まで、

私の中での決まりごとは、何も変わっていません。

 

  • 話そうとする旦那の言葉を遮らないこと
  • 旦那が話し始めて、言葉が出てこなくなっても、旦那本人が「言葉が出てこない」という意思表示をしない限りは、私からアクションを起こさないこと
  • 旦那のために、なにかやってあげたら、旦那から「ありがとう」と言われるまで、待つこと(笑。

今、改めて書き出してみると・・・

 

あまりやれてないことに、反省・・・・

やっぱり、旦那の言葉を遮ってしまうことがあるし、

旦那の言葉を待つ前に、日常生活の動作パターンが決まっているので、

言葉を交わさなくても、私が先にフォローしてしまうこと然り・・・

改めて反省・・。

4年半たった現在の症状

少し前に、台所から独り言が聞こえた。

旦那が独り言をつぶやいている。

 

「これはなんだ?」

「コーヒー」

(私が自分自身でコーヒーをカップに注いだのに、置き去りにしてしまったらしい)

「誰のだ?」

「あぁ、かずよのか」

 

ここまで、聞いて、私大爆笑(笑。

旦那、なんで笑ってるの?って顔w

 

4年前、
「寒い」
「えっと」
「あの」
「ちが(違う)」

しか言えなかった人が。

 

普通に喋ってるやん(感涙。

 

と、まぁこうやって書いてしまうと誤解があるので、

きちんと説明すると、

頭の中を真っ白にした状態で、さらっと言葉が出てくることはあるそうだ。

 

ただ、この件について説明をして欲しい。

と、求められたら、たちまち言葉が出てこないという状態にはなってしまうのだ。

 

うーむ、障害って奥が深いのう・・・。

 

 

あとは、週に2回作業療法のリハビリを受けに行くのに、

片道1時間、運転して行くのだが、

その病院に着くまでは、

旦那の興味のあることをひたすら質問する。

(しかも、私が知らなくて、旦那が知っていることに限る)

 

うちの場合は、旦那が車が好きだし、

通う道は国道41号線を使うので、

トラックから乗用車までありとあらゆる車が揃っているw

 

なので、車に関して、

私が少しでも気になることがあれば、質問しまくっている(笑。

 

旦那も、自分が知っていることを伝えたいから、

頭ひねって、うんうん唸りながら、頑張って話している。

 

リハビリの帰り道は、

今日の先生との話題はなんだった?と問いかけ。

 

美味しいラーメン屋さんを、先生に教えた!とか。

先生の彼氏さんがゲーマーなんだけど、そのゲームタイトルを教えてもらった!とか。

先生の旦那さんの愚痴(苦笑。とかw

 

他愛もない、ことだけど。

これが結構、旦那にとってハードルが高く難しい!

(いはゆる、起きたことの説明ですからね)

 

でも、必ず続けてることだったりします。

 

まとめ

退院してから、言語聴覚士のリハビリは一切受けていない。

でも、

  • 話そうとする旦那の言葉を遮らないこと。
  • 旦那が話し始めて、言葉が出てこなくなっても、旦那本人が「言葉が出てこない」という意思表示をしない限りは、私からアクションを起こさないこと。
  • 旦那のために、なにかやってあげたら、旦那から「ありがとう」と言われるまで、待つこと(笑。
  • 旦那の興味のあることをひたすら質問すること。
  • 私がいない時に起きたこと(リハビリ時の話題とか、家に誰か訪ねてきた?とか)を聞くこと。

上記5つの決め事をひたすら守ってきたら、

久々に会う友人や、親戚に、

 

すごく良くなったよね!

 

と、言われる機会が増えました(嬉。

 

高次脳機能障害は、目に見えません。

治るか治らないかもわかりません。

 

千人いたら、千通りのそれぞれの症状があると思いますが、

私は失語の旦那と4年、ちょっとした約束事を守ることで、

少しづつですが、旦那との会話をすることができるようになりました。

 

あなたや、あなたの家族で失語で悩んでいる方の

参考になれば幸いです。

 

ではでは〜